勝手に猫の感情
2015年06月11日

で、わたしが母子家庭から引き取られた……と思った者は考えが甘い。
三木原が引き取ったのはよりによってチビだ起維數學った。
チビは先輩猫だ。当時の実年齢が三歳。人間換算で二八歳。ちなみにわたしは一年半だから二〇歳。バリバリの若い娘をさしおいて三十路《みそじ》が近い雉《きじ》シロ混合メス猫を選ぶとはどういう料簡《りょうけん》か? これは嫉妬《しっと》ではない。断じて嫉妬ではない。理不尽《りふじん》な選択に対する疑念と当惑である。まあいい。話を元に戻せば、チビは三木原の元にもらわれ、この人間は当人いわく『猫ユーザーになった』のだった。それにしてもユーザーとは猫をモノ扱いした傲慢《ごうまん》な言い方ではないか。生き物を飼う事に不慣れなのが伝わってくる言い回しだが……三木原の安直さはとどまる事を知らなかった。
なんと二週間と経たず、今度はわたしも引き取りたいと母子家庭に申し出たのだ。理由は、
『チビが一匹で寂しそうだから柏傲灣呎價』
開いた口がふさがらないとはこのことだ。
おまえに猫語が判るというのか、勝手に猫の感情を想像するなとわたしは母子家庭のムッター、独逸《ドイツ》語で言うお母さんに抗議したが、彼女はわたしを三木原に差し出し、『かわいがってもらうのよ』と告げるやさっさと部屋に戻っていった。まさに人情紙風船である。
こうして粗忽者との同居生活が始まった。
猫を飼う——この言い方は心底嫌いだがやむなく妥協してあげる——のが初めての三木原は、ネコ缶の適正量から飲み水その他、あらゆる点において至らず、わたしは何度かブチキレた。三木原いわく『最初のうちはかなり暴れた』のは当たり前だ。猫飼い歴十年以上のベテラン女史から素人の部屋に強制移住させられたらストレスもたまる。ささくれた気持ちを溜め込むのはよくない。発散には壁を引っ掻くに限ると素早く悟った。母子家庭では基本だった外出自由から一転、室内飼いで行くと決めたらしい馬鹿人間への抗議をこめて壁をガリガリ削ってやった。そうして壁を引っ掻くうちに世間は梅雨《つゆ》に入り、ある夜、波乱が起きた。
雨の酷《ひど》い夜、同僚ベテラン猫のシロが子供を産んだのだ。
そこまではいい。お産に関してはチビもわたしも経験者だ。が、よりによって彼女は、産まれた子を三木原の部屋に運んで来たのだ。それも五匹も! 口に咥《くわ》えては運びの反復で実に見事な搬送を前に三木原がぶっ魂消《たまげ》たのは記すまでもない。各所に電話をかけまくり動物病院の院長から情報を貰い、小さな箱にタオルその他を詰め込んだ保育箱を造り、と……滑稽《こっけい》なほどの慌てぶりだった。
問題はその後である。
産まれた子猫五匹のうち三匹を三木原は勝手に動物病院に差し出し、里親を決めたのだ。
なんたる暴挙とムッとするわたしを余所《よそ》にシロは——動物病院|拉致《らち》初日は寂しさからにゃあにゃあ鳴いたが——里親の件をあっさり受け入れた。
この時わたしは『なんて根性のない猫だろう』とシロを蔑《さげす》んだのだが……彼女には計画があった。当年とって一〇歳の知恵は伊達《だて》ではないとわたしですら驚く展開が待ち受けていた。
梅雨が明けた後、彼女は残った子猫二匹を連日連れてきた。朝一〇時を回った頃三匹で現れると、馬鹿なあの男が子猫用のエサを出す。愛らしい子供たちがそれを貪《むさぼ》り喰《く》らい、満腹すると本棚の隅に入って一休み。見届けたシロは独り外に出る。子猫たちは夕方までぐーぐー眠り、五時半を回った頃、階段を上がってシロ様が迎えに来る。
そんな日々が二週間続いたある日——。